2/25午後1時30分頃2000系を撮影する皆さん河東線(屋代・須坂間)が今年3月末で廃線となる前に、しなの鉄道が「志賀号」を軽井沢~屋代を運行し、あわせて長野電鉄が屋代~信州中野を「スノーモンキー号」、信州中野~湯田中をすでに現役引退している2000系電車を走らせようという企画が、2月25日(土)にありました。この運行を写真に撮ろうと、夜間瀬川鉄橋はカメラマンで賑わいました。

かつて長野電鉄には国鉄(現JR)から列車が乗り入れて湯田中駅まで運行していたことがあります。それは昭和37年に「志賀号」というディーゼル列車で、上野から屋代経由で、須坂、湯田中まで運行していました。昭和38年にはディーゼルから電車に代わり昭和57年まで運行していました。今のように自家用車やバスで旅行をする時代ではなかった頃、スキーや温泉に大勢の皆さんが利用していました。オレンジと緑色の車体が思い出されます。

そんな賑わった土曜日から週明けの月曜日の朝、湯田中から二つ手前にある「夜間瀬」駅で素敵な人に出会いました。高社山を背にしてうっすらと積もった雪を掃いている方。写真を撮らせていただきながらお聞きすると、近くの食堂の方で昭和33年から54年間、毎朝掃除をされているということでした。
きっと利用者の皆さんが雪で滑らないように、また気持ちよく通勤、通学ができるようにという思いが込めて掃除をされているのだと思います。頭が下がります。

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