町内で歴史に詳しい方から今は廃村になった「大持坂(だいもちざか)集落」の古い写真をいただきました。昭和42年、すでに廃村になっていた集落跡を訪ねて撮影したものだそうです。大持坂集落全景大持坂は、北部地区裏落合集落と木島平村の境を流れる樽川上流にあった集落です。そこには水田跡や屋敷跡が残り、杉苗が伸びていて、かつて人々が生活していた姿を彷彿させます。また集落内に六地蔵が残り信仰心の篤かったことも想像されます。 
大持坂は「かたくりの里」と呼ばれていましたが、そのいわれについて「やまのうちの民話」に載っています。「冷夏で飢饉となり、ドングリやフキ、ワラビ、ヤマイモも底をつき食べるものに困った大持坂の住民が寄り合って対策を考えましたが、うまい考えが浮かびません。そんなとき善さんという村人が夢の中に神様が現れ、川の上流を上って東をみなさいというお告げをもらいました。村人が行ってみると、そこには赤紫色のカタクリの花が一面に咲いていました。村人はカタクリの根を掘り食料にして飢饉を乗り越えました。」という内容です。大持坂への道ばたでカタクリの花にとまるスジグロシロチョウ過疎化の波がこの大持坂集落に押し寄せて廃村となりました。逆に最近では町内に古民家を購入して移り住む人も増えてきています。そんな皆さんと地域の交流も進んでいます。

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