本年度第3回の志賀高原ユネスコエコパークセミナー(現地研修会)が行われ、第2回に引き続いて南部地域の資源を見つけながら歩きました。

煙嵐勝処(えんらんしょうしょ)

「眺望よく、三ヶ村は一望に、川水清く、村人よく、温泉あり」と、佐久間象山はこの景勝の地が気に入り、「煙嵐勝処(えんらんしょうしょ)」と名付け、ここに別荘を建てたいとした。(『奥信濃 佐野めぐり』制作:山ノ内町佐野区2009年1月 より抜粋)
10月28日、本年度第3回セミナーが南部地区のこの場所から始まりました。

セミナー当日は天候に恵まれ、煙嵐勝処(えんらんしょうしょ)の石碑前から佐野地区を見渡すことができました。参加者から「景観が見事でした」「ここを住まいにしたいという(佐久間象山の)気持ちが分かる気がする」などの感想や「長い年月、角間川に岩盤が削られて段丘となり、扇状地形になった。佐野はその土地にあることを初めて知りました。」と、気づきを話していただきました。
石碑の前の堰(北原新堰)は、この扇状地を潤すために江戸時代から“田直し”と呼ばれる開田の作業が繰り返されるなかで、明治の時代になって原形となり今に至るそうです。
ここにも先人の手で水が導かれ、稲作が可能になった歴史があり、活用されている土地があることを知りました。
堰の水は、土地改良圃場整備事業の記念碑前を通ってそれぞれの畑に配られる仕組みになっていて、現在も維持・管理され、活用されています。

写真:【煙嵐勝処の石碑前】【山崎から北原へ】

圃場整備された山崎から北原

山崎から北原へと圃場整備された土地の様子を見学しました。
「畑が広くて真っ平らですね」「やっぱり、リンゴ畑が多い」参加者の気づきは広がっていました。もともと圃場整備は稲作のための事業であったけれど、諸々の事情から所有者個々の作付け物は変遷して、リンゴを中心にした果樹栽培が多くなりました。
「当時、矮化リンゴが推奨され、始めからリンゴを植える家が多かった」と語ってくださる方もいました。案内役を務めてくださった山本先生の資料と実際の作付け状況を見比べながら、見事な秋の実りを実感していました。
山崎、北原の土地は、人が自然に手を加えながら整備を重ね、活用を図ってきた良い例に思えます。

写真【北原の農地を見学して佐野神社方面へ向かう】

貴重な水を無駄なく活用して水田を広げようとする耕地整理は、町内の各地で行われたそうです。
農地を整理し、将来に向けた見通しのもとで大規模な圃場整備に踏み切った結果、稲作のみならず果樹などの栽培に早くから着手していた町の農業は更に発展することになりました。
社会的な背景にまで目を向けて佐野山崎・北原の土地活用を見つめました。「畑が広くて真っ平らですね」「やっぱり、リンゴ畑が多い」「地形や気候も地元に味方しましたね」話をしながら現地見学して、気づきが実感になりました。

写 真:【北原の横道から】【排水路を見学】

佐野神社

「神社のたたずまいが良い」「子どもの頃から慣れ親しんできた境内は今も変わらない」参加者の感想から地域が大切にしてきた場所の一つと分かり、社殿や国重要文化財の本殿、また、社殿の隣に建てられた郷倉や額殿などの説明を聞くにつれ、地域の伝統や文化が地域住民によって継承されていることを感じました。
写真:【佐野神社境内】【神社とのかかわりを語り合う】【神社本殿を拝む

佐野地区の街

横堰をたどりながら佐野地区の街なかを見学しました。
「旧家のたたずまいが見られた」「旧穂波村の中心施設跡が大事に残されている」「築いてきたものはたくさんある」参加者の感想から、住民が伝統的に守り育てて継承してきたものやことが多いのを改めて感じました。
また、経験や知識を伝えようとする方々の姿勢や思いなどにも触れることができました。

写真:【蓋岳学校跡・穂波村道路元標のある場所】【旧穂波村役場跡】

見学のまとめ

ほなみふれあいセンターに戻って見学のまとめを行いました。参加者が書き出した感想を元に、アドバイザーがセミナーをまとめてくださいました。
○住んでいながら知らないことは多い。知ろうとすること で郷土愛も深まるように思う
○ヒト、コト、モノを多様な視点から見直してみることが大切。知識を共有し、発見を重ね、地域を深く知る機会をもつことは今後に活きる。
○ユネスコエコパークとのつながりを意識しながら住民活動を続けることが特色ある地域活動になると思われる。

見学と交流の機会になりました。ご協力に感謝します。
写真:【セミナーまとめの会】

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